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2007/12/09

重い毎日と、「いてもいいよ(^^)」って言ってくれる場所

Photo_2
 軽い言葉を毎日書き散らしている私だが、最近、自分をフト外から眺めることがある。

 昨日は、自分の師匠の77歳・・・つまり「喜寿のお祝い」を、とあるホテルで開催した。私は発起人の一人で会費制だったが、その金額はなんと「16,500円」だった。年末にこれだけの支出はとても痛かったが致し方ない(^^;)

 師も年をとった。人は月日を重ね年をとる。致し方のない現実である。ただ、昨日の師は多弁だった。多くを語り、遠路駆けつけた方々と語り合っていた。だから私は、逆に彼にはなるべく近づかないようにしてほとんど話もしなかった。

 師と出会ったのは高校1年生の時だった。

 その時の思いを、厚さ1.8cm位の「記念論文集」に綴った。他のみなさんは当然その分野の論文を書かれていたが、私は「思い出話」を書いた。25編の文章の中で私だけだった。でも、思い出話は「追悼文」になりやすいので、その辺はとても気を遣った(笑)

 きのうの宴はみんな若い連中がセッティングしてくれたので、せめてみなさんに酌をして接待することに心がけた(^^) 私は自慢ではないが、昔から「ススメのイチロ」と言われていて、私の酌に断る人はいない(アハハ)。

 そんな昨日の宴会の最中、私より年上の女性が「イチロさんの文章を最初一気に2度読んだわよ。そしてその後もう一回読んだ。あんな失礼なことを△▽先生に対して書けるのは、イチロさんしかいないわよね・・・」と言った。

 私は歯に衣着せずに正直な文章を書くので、時に軋轢も起こす。

 改めて自分の書いた文章を読み返してみると「とても軽い」ことに気がつく。なぜか? 理由ははっきりしている。現実が重いから「軽い文章」を書く。

 自分を外から見ると、客観的な見方ができる。重い現実を重く書くと暗くなる。年末になって暗い気持ちにはなりたくはない。16,500円の会費のことを愚痴ると、自分が哀れになる。だからいくら理不尽でも黙っていた。

 そして昨日は、したたかに酔いしれたのだった。

 今朝気がついたら、私はその公共施設の宿直室に寝ていた(笑) 今日はたまたま休みだったので、2日酔いの状態で10時頃やっと起き出していくと、みなさんはもう仕事の最中だったが、みんなとても優しく対応してくださり、私は恐縮するばかりだった(^^;)

 でも、重い毎日の中で、そこは私に「ただ、いてもいいよ(^^)」って言ってくれる、唯一の場所なのである。友人と先輩、師匠のありがたさをしみじみと噛みしめたのだった。


 ※宴席の「鯛の塩竃」

 2007-12-09

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コメント

ご師匠様の喜寿のお祝いがあったのですか。

>思い出は「追悼文」になりやすいので、その辺はとても気を遣った

本当ですね。
結婚式もそうですけれど、お祝いの場でもやはり、「禁句(避けた方が良い言葉)」というものがありますから、普段から綺麗な言葉を使われるイチロさんでさえ相当な気を遣われながらの、ご自分の心からの「敬い」をこめられた「正直な文章」を書かれたことだろうと思います。

>「ススメのイチロ」と言われていて、私の酌に断る人はいない

それってすごくないですか?
余程その方々をしっかりと見ていなければ出来ないことだと思います。

>現実が重いから「軽い文章」を書く

深く頷けます。
しかしイチロさんの「軽い」は、悪い意味での「軽い」とは違いますね。
違う言い方をするのならば、「軽快なリズム」「テンポの良い文章」の意味での「軽さ」。
だから、たくさんの方々に快く読まれるのでしょうね。
ここにもたくさんの方々が訪れるように。
また、現実が重ければ重いほど、それ以上の「重い」文章は書けないですよね。

「ただ、いてもいいよ(^^)」
自分の存在を、ただただ受け入れてくれる居場所や仲間たちがいらっしゃることは、何よりもの宝ですね(^_^)。

会費は確かに高いと思いますが、それを愚痴ることもなく、ひたすらに接待することに心がけ、友人や先輩、ご師匠様のありがたさをしみじみと噛みしめられるイチロさんは、まさに
「ススメのイチロ」の名にふさわしいですね(^_^)。

投稿: 惠莉 | 2007/12/10 12:44

}>「ススメのイチロ」と言われていて、私の酌に断る人はいない

}それってすごくないですか?

たんに
「俺の酒が飲めねぇのか!」かも

投稿: め娘 | 2007/12/11 10:22

◎惠莉さん

自分をそのままで受け入れてくれる場所があるっていうのは、確かにホッとします。

私はたまたまそんな場所を見つけることが、いまできていますが、ただ逆にそんな場所を失うことが怖いという気持ちもあります。

人の気持ちは移ろうのでしょうか?

◎め娘
>「俺の酒が飲めねぇのか!」かも

半分はそうだ!(アハハ)。

本当は飲みたくても遠慮しているってヤツには、強引に勧めて飲ませる。とことん酔わせて、後で介抱する(^^;)

最近介抱されることの方が多くなった(トホホ)

でも弱い人に、強制はしないよ(^^)

◎惠莉さん
惠莉さんは以前から思っていますが、本当に、人の心が何もかも分かってしまう「マジシャン」のような方なので、少し警戒しています(アハハ)

投稿: イチロ | 2007/12/11 23:26

◎め娘
>「俺の酒が飲めねぇのか!」かも

実は・・・当たり・・・(アハハ・笑)

◎惠莉さん
>思い出は「追悼文」になりやすいので、その辺はとても気を遣った

ホント、生きている人に対しては「思い出話」は禁句ですね(^^) それは必ず「追悼文」になってしまいます。タマタマ私の師匠は心の広い方だったので、助かりました。ただ、彼が死んだときには、もう「追悼文」
は書かなくても良いかなって・・・ちょっと気が楽になりました(笑)

投稿: イチロ | 2007/12/11 23:42

何故か少し警戒されている惠莉ですが(笑)。

    なんで???

なんて、良いですヨ。
生徒にも「生きた化石」だとか、「この世に一人か二人居るか居ないかの稀少な『生物』」と呼ばれていますから(苦笑)。

私は、「これ以上でもこれ以下でもない」ので自然体のまま生きます(^_^)。

そして次のイチロさんの文章にありますが、本当に「生涯勉強」だと痛感します。
まだまだ出来ていない・未熟者だと自分で切実に日々実感し、出来るところから学び続けていたいと思っているのが「本音」です。

未熟だから考える。 未熟だから努力する。 未熟だから失敗もする。
自分が未熟だと気付くことが出来たことを心から良かった感じます。

>人の気持ちは移ろうのでしょうか?

誰もが同じだと思うのです。
 「ここに居て良いよ。」
自分が居て良い場所を知った、或いは実感したことのある人でなければ、「失う怖さ」も知ることがない。
そう思います。

愛されたこと“しか”知らない人が、人を愛する術を知ることのないように。

>彼が死んだときには、もう「追悼文」は書かなくても良いかなって・・・ちょっと気が楽になりました(笑)

うそだぁ。
イチロさんは、きっと泣きます(笑)。

投稿: 惠莉 | 2007/12/12 00:49

>何故か少し警戒されている惠莉ですが(笑)。

惠莉さんは、マジシャンのように鋭いですから・・・警戒モードです(アハハ)

>うそだぁ。
>イチロさんは、きっと泣きます(笑)。

だから(笑)、もう、目が腫れちゃうから泣きたくないのですが・・・。

投稿: イチロ→惠莉さん | 2007/12/13 01:11

>マジシャンのように鋭いですから・・・警戒モード

これは、とんでもない誤解ですよ(^_^)。
真実の意味で警戒しなければならない人たちは「私」でなくて『他に』多数居ます。
 -- 以下、略すと同時にコメントを控えます。--

>>イチロさんは、きっと泣きます(笑)。

>だから(笑)、もう、目が腫れちゃうから泣きたくないのですが・・・。

やっぱり(^_-)。
泣くときは我慢してはダメよ。

そんな私も歳を重ねるごとに涙もろくなってしまっています。

完全は有り得ませんが、
人の気持ちを思い遣るようになり、心の底から泣けてきてしまう・・・止まらないの、そういうとき。

そんな歳の取り方も良いかもしれないと思うこの頃です。

※こんな夜は
 「ビリー・ジョエル」の「HONESTY(オネスティ)」
 が聴きたい。

投稿: 惠莉 | 2007/12/13 02:52

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