« 柿の木から落ちました・・・ | トップページ | ナウシカと新しい風 (2) »

2007/11/24

ナウシカと新しい風

Photo

 『風の谷のナウシカ』(宮崎駿)のマンガ(コミック)版で、彼女が村を去ったあと、風の谷に新しい「風使いのわこ」が、はじめて空を舞って風をつかんだ。


 村随一の頼りがいのある姫様で風使いだった「ナウシカ」が、トルメキアに拉致されたあと日は流れ「新しい風使い」が誕生した時、物語の主人公である「ナウシカ」は、帰るべき場所を決定的に失った。

 村を追われた「アシタカ」と同じ運命だ。

 ナウシカのあとを次ぐ「幼い風使い」は、たぶんナウシカが拉致される時「チコの実」をくれた可愛い女の子の一人だったのだろう。彼女は、幼い頃からずっとナウシカと一緒に遊んで、たぶん風をつかむ方法を、ナウシカから教えてもらっていたのだろう。そんな女の子が、勇気を持ってやっと空を舞ったのだ・・・・・・。

 後に続く世代を育てるということは、たぶん、自らをある意味で否定しマラソンのように脇を不意に抜き去って行く人間をあえて育てあげる、ということに他ならないのだ。それは言葉をかえたら「自分で自分の首を絞める」ことである。

 なのに、なぜナウシカはそんな自分だけが命がけで知り得た知識や技を幼い子ども達に丁寧に伝え、わかりやすく教えたのだろうか。でも、それは自らを犠牲にしてもなを、ナウシカにとってはしなくてはいけないことだった。それは定められた道だった。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 それはたぶん「自分という個人」の外に、自分より大切な「守るべき世界(社会・村・家族)」あったからだ。

 「自分が一番大切にしているものと、社会が大切にしているものが整合性を持ってスムーズに噛み合っていた時代が、かつてあった」のだと思う。

 (『もののけ姫』の、「サンとアシタカ」 は、自分にはこだわらなかった。サンも、怒りに我を忘れていたが、彼と彼女を取り巻く環境を一番に大切にして自らの命など、いとわなかった)


 「共に生きよう!」ということは、そういうことなのだと思う。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ナウシカのような想像の世界の女の子は、いつでも「好奇心一杯」「空想や想像力」が溢れている。

 そんな女性が世界を救うのは、当然かもしれない・・・。


 ※画像:ウサちゃんの柿が甘くなりました(あはは)

 つづく・・・

|

« 柿の木から落ちました・・・ | トップページ | ナウシカと新しい風 (2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 柿の木から落ちました・・・ | トップページ | ナウシカと新しい風 (2) »