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2007/09/30

マグロのカルパッチョと、ミートスパゲティ

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 今日、娘が「同級生が泊まりに来る」って、突然に言うんで一瞬考えこんだ・・・・・・。娘の友人とはいっても女の子だし、それならお客様である。

 男だったら、絶対に許さないが、女の子ならそれなりにもてなしたいじゃないか・・・!(^^;) しかもデパートの食品売り場で言うのだ。完全に計算の上である(笑)

 私は「問題解決処理」っていうか、危機管理には結構強い。出口のない道はないというか、必ず助かる道はある!という前提で物事を考える。残り時間は4時間もある。

 ただし決断力はあっても「お金」はないので・・・(トホホ)、デパートで頭脳を回転させて考える。合い挽きのひき肉と本造りのベーコンを買う。スパゲティを買う。

 でも、スパゲッティミートソースだけでは寂しいので、奮発して「マグロのサク」を買うことにした。思いついたのは「マグロのカルパッチョ」である。

 帰宅して気がついたのは「オリーブオイル」が終わっちゃって無かったっていうこと。仕方ないので・・・・・・、

1,ゴマ油
2,長ネギのみじん切り
3,ゴマ&クルミ
4,醤油
5,レモン汁
6,蜂蜜
7,白ワイン

でタレを作った。

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 それから、ミートソースはひき肉と畑のトマトのざく切りを炒めて、いつものように2時間煮込む。

 遅れて娘が友達と帰宅したので、マグロを切ってまずカルパッチョを出した後、ミートスパをテーブルに並べる。卓上で固まりのチーズを、おろし金でゴシゴシとスパゲッティの上にすり下ろす。

 キャピキャピした女の子達の話を聞きながら、料理に入れたワインの残りを飲んでいたら、少し幸せな気分になった。

 ※ちなみに、マヨネーズにはワサビが練り込んであります。

 end

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2007/09/29

「ちろるさん」向きの、カボチャ入り野菜うどん・・・そして、ブログランキング辞めます(^^)

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 いつも、ほんと、つまんない料理ばっかりアップしてゴメンです・・・・・・(^^;)

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 家族みんな風邪ひいたり腹の調子悪いので、今日は仕事から帰って、うどんにしました。楽だしね(^^;)

 女性が好きなのは「芋、タコ、ナンキン(かぼちゃ)」というけれど、昔は嫌いだった南瓜(カボチャ)が、男の私も最近は好きになってきた。

 その理由の一つは、この夏「ラタトゥイユ」「はまった」こと・・・(笑)

 「ちろるさん!!」

 「ラタトゥイユ」が高級料理みたいにいうけれど、そんなことないよ(^^) 冷蔵庫の野菜で簡単にできます。

 「野菜+トマト+市販のコンソメ」で、オリーブオイルがあれば、水がいらないんですよ・・・。楽々料理です。オリーブオイルはサラサラだから、ちろるさんにも最適だって思うんだけど・・・。肉とかも入れても良いけど、ウチでは肉嫌いな人がいるので入れません(笑)

 その「ラタトゥイユ」「デンプン質」が入ると、とっても美味しいってことに最近気がつきました。それはカボチャだったり、サツマイモだったりで、良いんじゃないのかな・・・?(^^;)

 でも、何で「かぼちゃ」嫌いなの???(アハハ) 

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 それと、話をいきなり替えますが(笑)、「ブログランキング」を辞めさせていただくことにしました。

 今まで応援してクリックしてくださった皆さん、これまで本当にありがとうございました。今回ランクが120位以下に落ちてしまった時、「助けて!」って書きました。そんな時、皆さんが一気に応援してくれて、現在「86位」位にランクアップしてくださいました。即座に反応してくださるそれはホントとっても嬉しかったのです。

 ただ、そんな↑(アップ)↓(ダウン)という、ネットのランキングに一喜一憂する自分って、この年になって、本来の自分と、なんとなくというか、かなり・・・かけ離れているなって・・・・・・思ってしまいました(笑)

 まあその「かぼちゃ入りのほうとううどん」みたいな地味なのが自分には似合っているのかなとか、背丈にあったやり方の方が良いかなって・・・(^^;)

 ブログランキングでクリックしてくださった皆さんへ。
 短い間でしたが、本当にありがとうございました。


 2007-09-29  イチロ

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2007/09/27

ストレスチェックで、赤丸危険信号(トホホ・・・)

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 日々、私たちはありとあらゆる情報にさらされていて、そんな中で「自分の頭で判断」しながら「自己責任」「自己決定」しながら生きている。

 「特売のこの野菜は国産かな、それとも中国産か? 表示が無いが買うべきか否か? 中国産だって大丈夫かも。いやいや・・・、どんな農薬が使われているかわからない。でも、今月は食費がアップアップだしな・・・。」

 誠に大変な時代である。心と体が健康で、収入も安定していれば、そんな心配はいらないが、いずれの面でも不安をかかえている人間にとっては、どこかで一つが躓くと一気に「自己破綻」する可能性がある。

 また、特にお年寄りなどはほとんど「90%以上」が溢れる情報の処理をできずに「おぼれそうになっている」と言って良い。

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 そんなことを思っていた今日この頃、先日行った「ストレスチェックの結果」が帰ってきた。これは「個人情報は一切外部には出しませんから、安心して答えてください」という「職場におけるメンタルヘルス」の一環で行われる「ストレスチェック」である。民間の専門医療機関に委託して行われる、それなりに信用のできるチェックであろう。

 しかし私は、

 1,こうした「チェック」は基本的に信用しない(^^;)

 2,そして「個人情報は100%絶対に外部には漏らしません!」という文言も、「100%信用しない」

そんなひねくれた人間である(笑)。

 だから、先日書いた調査用紙も、現状の自分の状態を正直に書くことなど、まったくしなかった(^^;) 

 たとえば(あくまでたとえ話である)「今の職場の上司との関係は良好ですか?」という設問に対して、もし「NO」であっても、絶対に「YES」と書く(笑)

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 しかし、今日帰ってきた結果を見て愕然とした。かなり割り引いて書いた回答に対する「判定」は、

 「ストレス指数95」だったのである。

 ストレス指数というのは、低ければ低いほどストレスが少なくて、50が標準であるから、私の場合ほとんど「ストレスまみれ」状態ということになる。これでもし正直に書いていたら「100」になっていたかもしれない。

 いずれにせよ「前うつ状態」の可能性を予測した判定であり、しかも「ストレスレベル判定」については1~5まであるのだが「5:心身の疲労が蓄積しています。リフレッシュ&リラクゼーションをお薦めします」という最高ランクだった。

 山に行った後だったら、少しは違っていたかもしれませんが、こうした結果を読んだら、よけいに元気がなくなってきた(^^;) こんなことなら、こんな検査なんてやらなければ良かった・・・・・・。

 トホホホホ・・・。


 ※今の気持ちを画像で表現してみました:「昨日のしょぼい野菜炒め」(味は良いんですヨ!)


 こんな私を、ランキングのアップで、どうか励まして救ってください・・・(^^)
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2007/09/25

こんなキノコ、見たことある!?

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 菌類に分類されるきのこの中で、地球上で名前がついているものは、ごくごく小さいキノコを除くと、約「2,000種類」ある。

 そのうちの1,500種類位は覚えていたが、だんだん忘れて、今では花の名前さえ忘れておぼつかない(トホホ)

 だが、一昨日のみそ汁は豪華だった(^^) 山で採ったきのこのオンパレードだったのだ(祝)

 具の内容を、ここにご紹介させていただく(^^) 4種のキノコをみそ汁に入れた。4種というのは種名として4種類という意味である。だからそれぞれにラテンの「学名」がある。

 0,まずは畑の秋ナス。キノコにナスは定番である(^^)

 1,「オオキノボリイグチ」 (Boletellus mirabiris (Murrill) Sing.

 2,「キンチャヤマイグチ」 (Leccinum versipelle (Fr.) Sing.

 3,「ナラタケ」 (Armillaria mellea)

 4、「アミハナイグチ(」 (Boletinus cvavipes)

 どれがどれだか分かりますか?

1は表面が黒っぽくて「斑点」があるやつ。2は紫色に変色したヤツ。3は小さくて丸いキノコ。4はまん中の網目のキノコです。


 画像:山で採った、4種類のきのこの、煮る直前の姿(^^) つまり、まだ「生」

 お味は?って・・・? もちろん最高に美味しかったよ(ニコニコ)。 生きてるし(アハハ)


食べたい???

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2007/09/24

ゴム長靴でお山に行ってきました(^^) -またはB型の女性?-

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 山からやっと帰りました(^^)

 言い古された言葉ですけれど、一年に一度の「命の洗濯」なのでした。

 もちろん私は登山家ではないのです。登ることが目的で山に登ったことは、中学生時代雨で途中挫折した登山以外にはこれまでに一度もないので、「雪山賛歌」に歌われているような「山男」とはまったく縁がない。都会的な高い装備でのスポーツ的登山?の知識もない。でも2600m位の山なら「ゴム長靴」で登る。ゴム長靴は便利である。オシャレではないが、登山靴に勝ると劣らないと思っている。

 地元の山小屋で「背負子(しょいこ)」を背負って「歩荷(ぼっか)」=荷運びするお兄ちゃんやおじさん達は、結構ゴム長靴を履く。その理由は、

 1,川を渡ったりする時や雨に強い
 2,安いし、手入れが簡単
 3,脱いだり履いたりが実に簡単

である。保温効果もある程度は高く、厚い靴下をはいて中で足が動いたりしないようにきちんとすると、良心的なメーカ製のゴム底がきちんとした厚さのものであれば、値段の張る登山靴の「ビブラム底」にも負けないような気分?である。

 高い登山靴一足で、ゴム長靴は「たぶん83足」は買える(計算式:十万円÷1200円)。

 もちろんゴム長靴が良いのは春から夏、そして初秋だけの話であって「冬山の話」ではない。日本でも有名な登山家で、冬山なんて熟知していたはずの職場の大先輩が、なぜか冬の北アルプスに「ゴム長靴」で年末に登山し、帰らなかった思い出がある。彼は翌年の春、遺体で発見された。切ない思い出だ。

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 いや、書きたかったのは「ゴム長靴」の話ではないのである・・・(^^;)

 年に一回、14人位の人達と自然の地形や草や樹木を観察しながら、またきのこがあれば採ったりして、わたしは山に登る。ここ15年位、毎年の年中行事である。直線距離にすればたったの4.5km。しかし登る標高にすれば500mだから、結構な急斜面ではある。ただ、通常の登山だと1時間30分の距離を、4~5時間かけてごくゆっくりと登り、夕方4時半から5時に山小屋に着いて、そこで採れたきのこは夕飯前に分類する。それから夕飯になる。

 だが今年は例年より気温が格段に高く、登山中も汗が溢れた。目に汗が入るので、ハンカチで額をぬぐう。今まででこんなことは、まったく初めてだった。

 山小屋にやっと到着して、みんながホッとしてビールなんかを飲み始めた時から、1分たりとも休まずきのこの分類をはじめる。

 入山した時点から歩きつつしゃべり通ししゃべくってきたから(笑)いくら身の軽いわたしでも、疲れる。その後夕飯が終わった後は後で、1時間の講義をしゃべりまくって、・・・・・・ふつう山小屋で講義なんてするかlぁ・・・???(^^;)。

 話しながら登山するというのは、考える以上に体力を消耗するのである・・・(笑)

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 でも、それを倒れるまでやってしまうような悲しき「0型」 とはいったい何なのだろうか(笑)。まあ、それが私に科せられた「仕事」であるから、実は喜んでやっている(苦笑)なのだが、そんな自虐的な男に「B型」の女性がイジメにやってくるというのだけは、何としてもお止めいただきたいと思うのだ(笑)。

 それにしても安倍晋三ちゃんが「B型」だなんて・・・なんとも信じられない(^^;)

 閑話休題

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 でも、なんでこんなことを毎年続けているかといえば(自慢話になったら、どうかお許しいただきたい)、山小屋の親父さんと若い兄ちゃんの明るくてサッパリとした「気の良さ」と、一年に一遍のこの「学校」というか「お勉強会」「イチロさんだからまた来たよぉ・・・!」って言ってくれるリピーターの方が何人かいらっしゃるからだ。

 それはおバカな私にとっては単純に嬉しいばかりである(^^;)  その多くは東京・神奈川・岐阜・愛知など、「都市部に住まう女性の方」が多いような気がする・・・(笑) 私はひたすら、そんな皆さん方が「B型」でないことを、ひとえに祈るばかりである・・・・・・(^^;) のだ。

 そして、短期間で一気呵成にやることが、悠長に来年につながるってことがなんだか嬉しくて、講義(お話し)の後、山小屋のみなさん5人も一緒になって、延々と酒盛りは続いたのだった・・・。


 チャンチャン(^^)

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  もちろん国定公園の中に建っているその山小屋の周囲は立ち入りも含めて厳格に保護されていますが、その道の脇には人が立ち入ることのできない「秘密の花園」が、広がっていいます。

 自分の日常生活を離れ、時間の流れが「10,000倍位ゆっくりとした自然」を目の当たりにすると、人はある意味で満足と諦めの狭間で、天空から自分の生きている下界へと帰っていけるのかもしれないです。

 ※画像はガレ場の岩間の光景:白い海草のようなのは「地衣(藻類と菌類の共生体)」 、上のまん中と右の大きな葉は「イワカガミかコイワカガミ」、左下の小さな緑色の葉っぱは「コケモモ」です。赤い実がなっていて、口に含むと酸っぱくて目が覚めます。

 ランクが100位になってしまいました(トホホで当然) 明日凄いキノコ写真アップしますから、期待してどうか、押してみたりなんかしてください(ペコリン)
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2007/09/21

これだけは書いておきたい -彼岸の入り-

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  ※さきほど、コメントで書かせていただきましたが、明日から出かけるので、コメントの返事ができません。昨日も、今日も準備があって、ホントにゴメンなさい(ペコリ)

 でも、その前にアップしておきたいものがあります。

 昨日の彼岸の入り(9月20日)、玄関のドアに今年も来てたんですよ。

 「スイッチョン」 

 触覚と後ろ足が1本ずつ取れて、満身創痍だったけど・・・来てくれた・・・。

 絶対「精霊がまた帰ってきてくれたんだ」って、思います。神も仏も宗教も信じない私だけど「精霊(せいれい・しょうりょう)」だけは、信じますね。

「あっ!そういえばショウリョウバッタって言うじゃない!!!」

 たまたま娘がチャリで帰ってきて「あっ、またご先祖さん帰ってきたの? 家の中に入れてやる?」と聞くので「でも、食べ物がないから、外に置いてあげようよ」というと「そっか? キュウリとかはあるけどね・・・」という。結局、外に置いてあげた方が良いという結論になった。

 ※キリギリスの仲間:種名までは調べていません。ウマオイかクサキリかクビキリギリスでしょうか?

 「ティンカーベル」だっているかも?って思ったら、押してください(^^)
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2007/09/19

エレキギターをひく少女

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 それだけです。

 切なくて、悲しいような・・・・・・。

よろしかったら・・・・・・(^^;)
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2007/09/18

女性って、基本的にパンツ見せたいの? 脱ぎたいの? -あるいは盗撮は犯罪なの?-

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 あの・・・、女性ってだれに向けているかは分からないけど、人に「肌」とか「下着」とかを、基本的に見せたいんですか・・・・・・?

 何で「ノースリーブ」とか「タンクトップ」とか「キャミソール」とか、人前で堂々と着るかな?

 グラビアでは、日本中の女性の数割が「脱いでも良いよ!」っていう位、パッパカパッパカ女の子達は服を脱ぐし、ミニスカートとか、おっぱい半見えの露出系の服を着るのですか・・・・・・?

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 先日、花火大会があったんだけど、その時、職場の前で20代前半くらいの女性二人が座り込んで、顔を膝につけて眠り込んでいた。まあ、暑かったから疲れただろうし、それも確かにいた致し方ないといえばそうなんだけど・・・・・・、なんと、あまりにも短いTシャツが上に上がってしまって、パンツとガードルと背中の肌が15cmくらい丸見えだった(^^;) まあ私は別に結構良いけどね・・・(アハハ^^;)

 しかも、その「パンツが、それぞれ紫とピンク」で、刺激的すぎるよぉ(^^;)

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あのお・・・最近では女性って、私が思うには自分の肌を見せるのって、ほとんど気にしないみたいですよね。特に背中のシャツがめくれて地肌が見えても、まったく気にしない女性がほとんどである。

 職場のおばちゃんが言うには「昔の国鉄では、女は長いシャツを着て、たとえ前屈みになっても絶対に背中を見せてはいけないって教わったのよ。男達を刺激しないのが、たしなみだったのよ・・・・・・」というが、そんな伝統は今ではもう生きてはいないらしい。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 これからが本題であるが、男の子っていうのは、そんなことでチョッピリ興奮するから、それってある意味で「誘われている」って思っても仕方ないんじゃないのかな・・・? そんなふうに考えるのがおかしいって言われても、防御したいならを出さないとか、刺激的な服は着ないとかした方が良いと思う。

 痴漢という事件が起きた時に、痴漢をした男が確実に100%悪いのだが、でもおばちゃんがさりげなく言う「誘うような服装をする女の子だって悪いのよ・・・」っていうのだって、ある側面では認められて良いのではないか。

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 そして私が以前からとても疑問に思っているのは「海水浴場で盗撮する男(の子)」のことである。 「盗撮」っていうと犯罪っぽくなるけれど、それって昔から良くある「スナップ写真」と、どこが違うのですか??? ホント疑問なんです。 

 問題は、それがネットでの投稿サイトとかでの金儲けに繋がっているとか、その海水浴場がある県の「条例に違反」しているというのだが、それって憲法的とか法律上では、何ら問題はないんではないかと思う。

 女の子の写真を撮って、それを「個人的に楽しむ」分には「それのどこがいけないの?」って、私は思うのだ。だって、ほとんど裸に近い生地の小さいビキニ姿で公衆の面前で堂々と肌を露出しているのに、その「写真を撮るな!」って言う方が、ずいぶんと無理があるのではないのかなって正直いって思う(^^;)

 私なら、そんな女性がいる浜辺に行ったら、イオスの一眼デジカメでバシバシシャッターを切りたいって、絶対に思うモンネ。

 以前戦場カメラマンの石川文洋さんという人が写真撮影しながら日本列島を縦断したが、彼に「最近肖像権とかうるさくなりましたが、本にする時おばちゃん達に許可をもらいましたか?」と聞いたら、彼は笑って言った。

 「そんなこと考えたこともないよ。今まで一度も文句なんてなかった。」

 スナップ写真まで規制するなんてそんなのあり得ないよね・・・・・・(^^;)。

 ライフセーバーさん達が、女性の味方みたいに、女の子の写真を撮る男どもを取り締まるとか、それをテレビとかのメディアが、鬼の首を取ったみたいに大げさに取り上げて、女性達の写真を撮る男達を警察に通報するのが「正義の味方」みたいなのは、娘に言わせると「ウザイ!」のである(^^;)

 ミニスカートをはいて階段を上る女子高生のパンツを、見たくもないのに下にいるから思わず見えてしまったのが罪になるという「見た方が悪い!」というデタラメな法律って、何とかなんないのないかな・・・!


 ※濃い色のコスモスです。

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2007/09/16

文章ってホントおもしろい! -読んでもらえる文章- 

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 新聞とか雑誌とかに短い文章を綴るにあたって、心がけていることがある。400字詰めの原稿用紙で4~10枚位の文章についてである。

 もちろんこうしたブログでも同じ気持ちだけれど、ここに書く文章は30分とか1時間とか、長い時でも料理をしながら3時間とかで書いていきなりアップしてしまうので、そこまでの配慮ができないことも多い。また、ネットという意味でくだけた表現を使ったり衝動的に書いてしまうことも多いので、その辺は多少ご勘弁願いたいと思う(笑)。

 ・・・・・・というのは「単なる弁解」であって(アハハハハ)、 この程度の文章しか書けないのが私である(トホホ)

 しかし、私が「読みたい文章(つまり書きたい文章)」が何かという目標は、ある。

 それは何項目かになるのだが・・・・・・(以前にも書いたことがあるので繰り返しになるかもしれない)。

 1,出だしの一語:私自身、人の文章を読む時に出だしの「『。』(句点=ピリオド)までの最初の文」で、最後まで読むかどうか決める。新聞なら、まず「見出し(タイトル」)、次に「記事を要約した最初の短い文章」で、最後まで読むかを決める。

 2,スピードのある文章:つまり早く読める文章のことである。読み始めたら、いつの間にか最後まで読み終えてしまっている文章・・・。だから途中で引っかかってリズムが狂ってしまうような文章はダメである。助詞がおかしいとか「何でこんな単語をこんなところで使うかな?」とかいう疑問を抱かせない、流れるように最後までいざなう文章。これは「読みやすい文章=むずかしい言葉を使わない文章」と同義でもある。

 3,メリハリのある文章:起承転結という意味でもあるが、文章の流れの中で、盛り上げるところは盛り上げ、神妙に構えるところは徹底的に真剣になり、あたかも「海の波」のように、打ち寄せては引くように、読む人の心にたおやかな波を起こす文章。

 4,最後の一言:文章の最後で、余韻を残すような文章。「音叉の余韻」のように、響きがしばらく残るような最後の一文。そんな文を読むと「読んで良かった!」と思える。

 そんな文章を書きたいと心がけているが、なかなか偉そうに書いたようには、とうてい行かないのである(笑)。

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 ただし、2,スピードのある文章で書いた「読みやすい文章=むずかしい言葉を使わない文章」とまったく相反する文章であっても、魅せられた難解な文章が、私にはある。

 例として、廣松渉(ひろまつ・わたる)の『資本論の哲学』 1974 現代評論社の文章をご紹介してみたい。

 最初の「はしがき」の中でお世話になったみなさんに謝辞を述べているくだりである。

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 「生来懶惰な著者に連載を慫慂、鞭撻された武村喜一郎氏、稍々場違いの看ある拙稿に長期間恬澹として紙面を供された丸山実編集長、駄馬を苔打って、落伍を防がれた名伯楽茄界中居寛編集部員、孤疑逡巡を恕さず一気呵成に公刊の段取りを設けられた樋口猛出版部員をはじめ『現代評論社』の関係者諸氏の御高配によって本書は今爰に弧々に声を上げる。
 良き指南者に恵まれ、また、能き編集者の厚情を添うしつつも、上木するに足るべき成果に乏しき菲才を只管に愧じ入る而已である。
 一九七四年八月十一日
                          著者」

 この文章の「漢字(単語)」をスラスラと読める方がいたら一度お会いして、そのお顔を見てみたいものである(^^;) 九龍公さんでも読めないかもしれない(^^;) しかも出版社の編集さんとかに向けてのお礼の謝辞の言葉なのに、それさえがこの調子なのである・・・・・・(^^;) 

 本文(本論)は推して知るべしである(^^;)

 だいたい、この難解な単語をたった今まで「手書き入力」するだけで「30分はかかってしまった」のである。

 かつて学校に入った夏、冷房なんてあるはずもない蒸し暑くてうだるような図書館でこの本を読んでいた自分の光景が脳裏によみがえる。「思想信条が右とか左とか」どうとかこうとかなんて、そんなことはまったく関係がない・・・(^^;)

 ただ「廣松のこの小難しい文章」「読み解くこと」に、当時未熟だった私は懸命になった。だれから読めと言われたわけでもないが「衒学的」とさえ言える「廣松」の文体と漢語に「魅せられた」 

 若かったのだ(^^)

  
※ヤグルマソウの葉っぱ


文章の力ってすごいと思いませんか・・・? 文章を書くのは「才能ではなく技術」だと思われる方は、よろしかったら押して行ってください(ペコリ)
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2007/09/15

火のないところに煙を立てる女たちよ・・・勘弁してくれ!

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 わたしはこれまで仕事をしてきて、職場で「根も葉もないあらぬ疑い」をかけられたことが何度かある。そのほとんどは、女性関係に関わるもので(笑)、そんな噂の発信源は全て女性だった・・・・・・(^^;)

 女性と男を区別しないとか、差別しないとか、男女平等とか、男女共同参画とか、なんとかかんとかいうが、私は偏見や思いこみや、やましい気持ちを極力除いて冷静に考えてみても・・・、経験上「あらゆる意味で男女の性差を認めないという一部の考え方」には、無理があると思う。

 男と女が「人という人格として平等だ」という意味では全面的に肯定するが、フェミニストの女性のみなさんの中には、それを飛び越えて傍若無人に権利ばかりを主張する人も多く、たとえば革新政党の女性議員さんとか有識者の方々の姿勢を見るにつけ「男とか女じゃなくて、もっとヒトとしての相手を尊重しようよ!」って言いたくなることも多い。

 生物学的に考えても「男と女が構造上違う」という前提で、オス・メスがあるから交接によって「偶然のランダムで不特定多数的な子孫」が生まれるという生物学的な安全弁が機能する機構が数億年をかけてできあがっているのだから、「男と女は同じ」なんていう単純な幻想はどうかなと思う。 「ジェンダーとしての性差」「生物としての性差」を、混同してはいけない。

 「男と女は同じ種の中で性としてハッキリと対立(敵対ではない)する存在である。だからこそ『ヒト』という種は、ここまで存続できてきたし、これからもその種は存続する可能性をもつ」と・・・・・・考えるべきではないか。異なっているからこそ、そこに「愛」という不思議な感情も生まれるのかもしれない。

 女性が男のしもべのように仕えさせられた封建的な歴史があったという意味で、女性が差別された歴史は確かに史実として実際にあったし、それは間違っていたと思う。しかしそんな奈良・平安時代から江戸時代・明治に至る時代の中で、女性が虐げられるだけで、泣く泣く屈辱的な日々を送っていたとは私は絶対に思わない。どんな時代でも女性達は、いろいろな色で輝いていたと思う。

 やがて「婦人参政権」が戦後昭和20年10月に認められたが、それが占領軍であるアメリカ合衆国流の民主主義から取り入れられたとはいえ、それは今日的には当然のことであった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ただ、話を戻して、わたしの「あらぬ疑い」の話である(^^;) 全て職場の出来事である。

 以前も書いたとおり「十把一絡げ」が間違っているというのは重々承知しているが、私にそんなあらぬ疑い=「冤罪」をかけたのは、実は「全て女性」なのである。男の同僚からはそんなことは一度もなかった。これは想像とか憶測ではなくて、わたしが実際に経験した事実である(^^;)

 なぜそんなことが起きるのか? 具体的事例を3つだけ紹介してみたい。

 1, 想像で論理を組み立てる = 私の車と女性の車が駐車場に並んで止めてあったことで、彼女と一緒にホテルに行ったに違いと疑われた(苦笑) どうして「現場を見た」という証拠もないのに(行ってもいないのに)そんな妄想が、どこから生まれるのか!? いくら理論で説明しても、思いこんでしまった彼女をもはや止めることができない。 それをあちこちでしゃべりまくるのをどうしようもなかった・・・。本当に困ってしまった。事実なら「しょうがない」とあきらめもつくが「火のないところにたてられたけむりを消す」のは容易ではない。 まったくやっていないのに、痴漢という冤罪がおきるのも、こうした経験で頷くことができた。

 2,仕事上女性と組むことがあるが、その時一部の女性上司の目が「女」になることがある。あくまでビジネスはビジネスである。そんなことまで気にして女性の同僚に遠慮していたら仕事にならない。それが嫌なら組ませなければいいのに・・・。

 3,問題が起きたり、緊急事態になった時パニックになってしまう方が多い。 以前も書いたのであるが、これは特異な例ではなく、女性の方が生き物として正直なので、自分に身近な大切なものをまず守ろうと思ってしまうからそうなってしまうのかもしれない。でもパニック状態の時に自分がパニックになってしまう人は比較的女性に多いというのは、男の偏見ではなく、統計を取ったら数値としてでるのではないかと思う。


 こうした意見が、おかしいと思われたら、どうかドンドン反論してきてください・・・(^^)


 なお、私は以前から「女性は神様だと思っている」ので(笑)、女性を敵に回したいとか、敵意を抱いているというのでは全くないので、そのあたりはご了解くださいましね・・・・・・。

 ただ、正直なことを書かなかったら永遠に溝は埋まらないから、言いたいことを書いてみた。


 ※先日国道を通った、自衛隊の赤十字車両。

 「言い過ぎ!!!」って思ったら(笑)押してみてください(^^)
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2007/09/13

安倍バッシングから生まれるものと、「小泉チルドレン」の醜悪さ!

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 あのお、昨日も書いたけれど、今日になっても国内・海外からの「安倍バッシング」がやまない。

 私は多数派に与するのが嫌いなので、多くの連中がバッシングに傾くと逆に援護したくなる(^^;)

 だって、もう辞めちゃった安倍ちゃんのことをいろいろ言ってみてもしょうがないぢゃん!

 彼の辞任会見を見ていて、彼のあまりにも唐突な行動を叩いてみても何も生まれないと私は思った。所信表明の翌日に代表質問を前にして辞任するという「もっとも最悪のシナリオ」を演出したのは「もう安倍さんにとって、それしか方途が残されていなかった!」としか受け取れなかったのだ。

 それにしても、ここに来てのいわゆる「小泉チルドレン達の醜態」は、如何なものか?

 自分たちを当選させてくれた前小泉総理を再び担ぎ出そうとする、自分のことしか考えない彼らは、ホントいったい何をを考えているのか? だって彼らの多くは「安倍ちゃんを担ぎ上げて総理に押し込む応援を、1年前にしたじゃないかい!」「それを安倍辞任の事態になったら、手の平を返したように自己保身だけをはかる。責任を全て安倍ちゃんに押しつける!」それって・・・・・・いったい何なの?

 まったく彼らにとって「国家や国民は何なのか!」と聞くのは、すべからく政治家にしてはいけない質問なのかもしれないが(笑)、次回の選挙のこととなると、にわかに素早く行動する彼らの足の速さはいったい何なのか!?

 十把一絡げはいけないが、個人的な気持ちとしては「小泉チルドレン達」は、もし解散総選挙になったら、全員「落選してほしい!」と私は思う。小泉さんの郵政選挙自体が「ねじれ現象」の一番の原因だと私は思っている。小泉元総理という「個性的な政治家(変人)」「呪文に踊らされた」のが、あの郵政選挙だと思っている。

 あのあまりに奇抜な郵政選挙は、日本という国の憲政史上における「最大の恥」の一つだと、私は思っている。


さっぱりミョウガで、なごりのそうめんでもチュルチュル食べて、何もかもを忘れることも、時には大切なのかも・・・・・・(^^;)
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2007/09/12

安倍ちゃんに同情する・・・。 安倍ちゃん、お疲れ様でした(^^)

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 一国の総理「安倍晋三」さんの辞任表明は、2007年9月12日、日本国内だけでなく世界中を駆けめぐった。

 どうしてこの時期の「退陣なのか!?」として、野党はもとより「自民党内」でも、違和感や叱責の言葉が飛び出している。確かに大人の辞め方としては、所信表明が終わった直後の辞意表明というのは異例でもあり、無責任というそしりは社会人としてまぬかれないだろう。

 以前私も書いたが、辞めるなら参議院選挙に負けた時点できっぱりと辞めるべきだった。どうして安倍ちゃんはあの時点で辞めることができなかったのだろうか? 本当の理由は分からないが、結果論として言えば「政治家として、あるいは一国のリーダーとして、あるいは大人としてもっとも自分にとってマイナスな選択をしてしまった」としか言いようがない。

 私は、おぼっちゃんである安倍ちゃんのことを、いろいろと書いてきたけれど、決して嫌いではなかった。

 「清廉潔白」という言葉がある。彼が決して「清廉潔白」だとは思わないが、彼の内閣では、実際には彼の「瑕疵」はほとんどなかったのではないか!? 回りの閣僚の不首尾によってここまで来てしまったという感じである。身内であるタヌキの閣僚が言いたい放題やりたいほうだいで、だれも安倍ちゃんを支えなかったとさえ言って良い。

 もちろん「任命責任は総理総裁である安倍晋三」にあるが、あまりにも回りの老獪な連中が安倍ちゃんを支えなかったっことが原因だったと思う。50代はじめといえば政治家としては一番元気な時期であろう。若い安倍ちゃんを老人達がもてあそんだっていう感じである。政党というか自民党はやっぱり「伏魔殿」である。

 彼は、精神的に相当参っていたと思う。

 学校を出たばっかりみたいな、人の心の機微も分からないような官邸記者や、一年生の若年議員にも、あんな風に言われて私は「安倍ちゃん・・・可愛そう!」と思った。それを切れることなく、黙って絶えている彼安倍ちゃんは、辛抱強い性格だなって思った。

 弱いと分かると「突ついて、突ついて。突き殺す鶏!」のような、若輩の得体の知れない未熟な連中も連中である・・・。「一年生議員のくせに!何様のつもりか!?」 たいした知識も経験もないくせに、堂々と「総理批判!」かよ! 

 野中広務さんが、今回の辞任について「矢折れ力尽きたという感じかな」と言っていたが、わたしもそう思う。本当に「四面楚歌」だった。

 まあ、民主党の小沢一郎党首との会談を断わられたことが原因だというが、それももちろん本当の理由ではないだろう。確かに一国の総理の引き際としては確かに「最低最悪のタイミング」かもしれない。「政治のセンスの根本的な欠如」であるかもしれない。

 だが「ふてぶてしい横綱 朝青龍」の、あまりのデタラメ過ぎる行動と比べると、私は安倍晋三総理総裁には、ゆっくり休んでほしいと思う。

  「判官贔屓」という言葉があるが、私はなぜか彼に、そんな思いを抱いてしまう。

 いつも手繋いでいる奥さんだけは、彼をしっかりと支えてあげてほしい・・・。

 
 ※「カワリハツ」の幼菌です。

 ただ、小泉総理再登板だけは勘弁願いたいと思う方は、ちょっと押してください。それだけは勘弁してほしい(^^;)
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2007/09/11

子どもがいて良かった・・・ -子どもを生みませんか?-

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良かったらバックグランドミュージックにどうぞ(^^)

http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/index2.php?s=1

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 最近では、結婚したカップルに「早く子どもを作りなよ!」という言葉は「セクハラ」になる。子どもを作る作らないは、夫婦の勝手だというのである・・・・・・。

 でも、わたしは個人的な意見としてそれは間違っていると思っている。

 子どもは「作れる」ものではもちろんないし、わたしは男なので自分で勝手に生むこともできない(^^) でも、今になって思うのは「子どもがいて良かった」ってことだ。

 もちろんこれは「子どもが大嫌いな方、子どもさんがいない方、あるいは欲しくてもできない方」「子どもを生みなさい」と、言いたいのではない。それは自由な選択肢でもあり、また定めでもあるから、そのことにどうのこうのと言おうとは思わない。ただ、わたしは個人的に「子どもがいて良かった」と思った・・・。そんなひとつの感想文として、どうか読んでほしい。

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 ヒトだけではなく、またほ乳類だけでなく、生物が「快いセックス」をして、その結果子孫でもある子どもたちが生まれるというのは、生物界の定めであり、それが続かなかったら「ヒトという種」の、生命の連鎖は途切れてしまう。

 また、子どもというのは親を追い越して行く存在である。わたしも、そうして当たり前のように親を追い越して、自分のアイデンティティーをつかんできた。

 「生理的な未熟児」として生まれてくるヒトの赤ちゃんは、育てるのに本当に手がかかる。育児というのは、本当に大変なヒトの再生産であると思う。だから「主婦という職業(生き方)」はとっても重く、そして十分に保護されなくてはならないと考える。

 子どもがいると、お金が途方もなくかかり、自分のやりたいこともできない。ある意味で子どもの犠牲になると言って良い。ビールも飲めなくなって「その他の醸造酒(発泡性)①」しか飲めない。でも、それがすこしも苦にならないから不思議だ。

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 子どもがいていちばん良かったと思うのは、成長していく彼らが、やがて「わたしに対して意見をしてくれる」ことだ。私がかつて乗り越えたように、今度は私という親を彼らが乗り越えてゆくのだ。そこで初めて気づくことがある。

1,日頃自分自身が常識として思っていたことの間違いを指摘してくれたりもする。
2,世代のギャップを埋めてくれる。→若い世代のアイドル名を教えてくれる。最近流行っている歌を教えてくれる。
3,人の成長過程を見るのが楽しい。人って変わるんだという当たり前のことを目の前で実感できる。
4,トラブルが多い=これはマイナス面でもあるが、いろいろなトラブルや、子どもに対する心配(イジメをしていないかとか、事故に遭わないかとか、不純異性交遊をしていないかとか・・・(笑))という、親の心の揺れ動き・・??・これが神経を使うので老化防止になる(笑)
5,死んだ時悲しんでくれるかも? これは保証できないが(アハハ)もしかしたら少しは悲しんでもらえるかと思うと、一人ではないって実感できる。

 やっかいな子ども達がいなかったら・・・・・・、こんな思いは一生の中で、まずできなかった。

 個人的感想だが、できたら子どもはいた方が良いと、わたしは思う。わたしは男だからあの出産の時のあの苦しみと喜びを体験することができないが、できることなら体験してみたい位だ。

 女性を尊敬するのは、その点である。

 ※オミナエシを目指すハチ・・・・・・・・・


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2007/09/10

そば屋で、息子に叱られた(^^;)

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 昨日カモシカを一緒に見た息子と、昼食を一緒に食べることになった。さすがに、二人分の昼食まで作る元気はなかったので外食することにした。

 「何が食いたい? 寿司? イタリアン? フレンチ? 中華?」と聞くが、笑っていて答えない。さすがに良い意味でわたしの足元を見ているというか、わたしに金がないのを知っているので「寿司ったって回転寿司だろ!?」とか「中華って言ったってラーメンだろ!?」とか(笑)彼は分かっているのだ・・・。イタリアンやフレンチは単なるシャレだと思って、最初から意に介していない。

 後期の学費振り込みが9月末に待っている。あわせて「120万円」である。半期でこの金額である(トホホ)。

 「じゃあ、父ちゃんが好きなそば屋に行くか?」
 「ソバは嫌だ」
 「うどんもあるぞ」
 「じゃあそこにする」
 「天ぷらうどんにはエビが入っていないけどね(笑)」 
 「良いよ」

 運転は、練習かたがた免許取り立ての息子である。だからそば屋に行くと、わたしは昼間からビールが飲めるという計算である。

 そのそば屋は有名な神社の近くにあって、多分江戸時代から続いている「茶屋」である。崖の上に建っていて、お客がほとんどいつもいなくて、そして薄暗く、でも趣のある居心地の良い茶屋だ。畳の座敷に息子と向かいあって座る。

 人の良さそうなじいちゃんが「いらっしゃい」といって席に来る。とりあえずビールの大瓶を頼む。「何にする?」と聞くと「エビのない天ぷらうどんでいいや」という。じゃあ父ちゃんは「ざるそば」にする・・・・・・。

 「父ちゃんさ、帰りにコンビニと郵便局に寄ってくれる?」
 「良いけど、自分で運転していけよ。道は案内するから」
 「ああ、わかったよ」
 「とうちゃんさ!」
 「なんだよ?」
 「とうちゃんて、草とか木とかキノコとか人並み以上に詳しいけれど、それって何の役にたってんの? 金儲けになるの?」

 ビールの大瓶が届く。注いで一口飲んだところで、「昼間っからビールかよ!」 と言われた。ちょっとグサッと来た。

 「たまの休みなんだから、良いじゃんかよ!」と言おうと思ったけれど、息子が続けて「広い知識とか、文章の力とかを、もっと生かして稼ぎに繋がらないの!?」
というので、よけいにグサッとまた2度目に刺された気分だった。

 一気に意気消沈した(トホホ)

 息子には「700円の天ぷらうどん」が運ばれてきたが、大きなエビはないものの、かき揚げで赤いエビが入っていた。わたしには、ざるそばが届く。手打ちではないものの、たぶん○○製麺でうったらしい生麺のザルは、それなりのつゆとのバランスが良くって喉ごしもよく美味しいのだった。

 ソバはネギもワサビも入れないのが好きなので、最初はそのままチョンと先を付けただけですすり込む。

 「お前も一口食ってみるか? ネギとかワサビ入れるか?」
 「いや、いらん。でも割とうまいじゃん」
 「それはそうととうちゃんさぁ。自分の才能を生かしてもっと積極的にやんなきゃだめだって!」
 「だよな・・・・・・。」
 「才能はあるんだから、がんばってよ!」
 「・・・・・・・・・」

 どっちが親だか子どもだか、もう分からない(^^;)

 世渡り下手なわたしは、1本のビールでほろ酔い気分の中、最後に残ったソバを「チュルチュル」と、喉に通したのだった。


 (こんな子どもに育てたつもりはなかった)


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2007/09/09

きのこ採りで、カモシカの親子3人に会った・・・

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 今日9月9日は仕事が休みだった。

 足が重くて外出したい気分ではなかったけれど、運転免許をとったばかりの息子が「運転の練習をしたいから、隣に乗ってくれないか?」っていうので、山に運転練習に出かけた。

 助手席に乗ってのんびりとドライブなら、気分転換にもなるかなって思った。

 ついでなので「きのこ採り」もしようと思って、一応採集道具も準備する。まだ時期的には早いが、何らかのきのこは生えているはずだ。別に食用きのこを採るのがまったく目的ではないから、採れなかったら採れなかったで良い。

 16万キロになる私のマニュアルパジェロの助手席に座る。人身事故は困るが、この車なら、物損で多少どこかにぶつけてバンパーが凹んでも、気にならない(笑)

 しばらく走ると、標高「1,500m 位」の低山帯上部に着く。空気も涼しくなって、汗も乾き心地よい。そこは今日では別荘地になってしまったが、国有林への登山口だから車を止めて山に入る。山とはいっても遙か数十メートル下を渓流が流れる断崖の中腹を川上に向かってトラバースする。上は落石がいつあってもおかしくないような岩の絶壁。下は一歩足を踏み外せば谷底まで転落して、まず命は助からない急斜面である。こんな場所に「マツタケ」が生えるから「80才の男性、きのこ採りで転落して死体で発見!」なんていう記事が秋になると新聞に載る。普通の平らな山できのこ採りをしていて遭難するなんて、まずあり得ない。

 二人してそんな斜面にある「けものみち(獣道)」を歩きながら、きのこを探す。さすがにまだ気温が高すぎるので、おいしい食用きのこがボコボコというわけにはいかないが、それでも珍しいきのこが何種類か採れた。その時息子が・・・・・・、

 「あっ! カモシカだ!」と、斜面の上の方を見て言った。

 あわてて地面のきのこから顔を上げると、一頭のカモシカ(写真右端)が目に入った。スックと立ち私たち二人を身動きもせずに上から見下ろしている。よく見ると、近くにもう一頭いた(顔が白い左端のカモシカ)。そして更によく見ると、顔が白いカモシカのすぐ左横に、もう一頭の小さなカモシカがいる。右から「お父さん、お母さん、子どもというカモシカ一家」だろう。

 「カモシカの親子と人間の親子」は、しばらくの間、見つめ合っていた。カモシカは人を襲ったりすることはまずないし、距離が10mほど離れていた。「写真を撮ったら逃げるかな?」と思ったけれど、そーっとカメラを顔まで上げてシャッターを切る。一瞬シャッター音に気づいたようだったが、逃げはしないので、絞りやフィルム感度を変えて15カット位撮った。60mmのマクロレンズだったからこんな写真しか撮れなかった。

 やがて「そろそろ行こうか!」というと「ああ、そうだね・・・」と息子が返事をする。息子も分かっていたみたいだった。

 もともとここは、私たちの場所ではなく、彼らの住まう場所なのだということ。ここでの私たちは「侵入者」に過ぎないのだ。彼らから遠ざかる私たちを、お父さんらしいカモシカがきびすを返し1mくらい追跡してきて、そこでまた私たちの動静をジッと窺っていた。

 さらにしばらくきのこを採った後、車へ引き返した。その間1時間くらいだっただろうか?

 息子とは、その感動を思い起こして車中で一言も喋ることはなかったが、私にとっても息子にとってもかけがえのない自然の中での経験になったのだった。

200709092
 ちなみに今日採ったきのこは画像のとおりである。

 1,右側のブロックは「毒きのこ」:上から、クサウラベニタケ2点(猛毒)・ドクツルタケ(白いきのこ)1点(猛毒・死)・アセタケ属2点(毒)・ウスタケ1点(毒)・キホウキタケ?1点(毒)

 2,真ん中の縦列4つは「食べないきのこ」:上から、ウツロベニハナイグチ・ニオイコベニタケ・キサマツモドキ・シワカラカサタケ

 3,左列2点は「食用きのこ」:上から、カワリハツ(普通の人は食べないけれど、私は好きで食べます)・シロヌメリイグチ(腐りやすいけれど食用)


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2007/09/07

子育て論 -子どもに飯を作らせるな! メシは親が作れ!-

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 め娘のコメントに、反論する・・・・・・。

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 め娘は、

>それにしても子育てと言えば 甘いイチロだな。

 それは事実だから、反論しない(^^;)

>メシを作ってやる神経が解らないな。
>飯炊きがよっぽど好きなのか?

>てか てめえの腹ぐらい 
>   てめえで何とかさせろよ。

>冷蔵庫に材料だけ入れてやればいいの

 ↑の「メシを作ってやる神経が解らないな」に反論する。
「飯炊きがよっぽど好き」は、いろんな意味で事実だからそれには反論しない。

 また、

>例えば 母子家庭の看護婦さん。

>夜勤時の 子供の弁当は誰が作るんだよ。
>仕事を放り投げて家に帰るのか?
>(コンビニ弁当持たすのは論外だが)
>速攻クビだよな。

も、なに訳のわかんないこと言ってんだよ!! め娘ってホントバッカじゃないのか? 飯作りが嫌で作らない親と、おいしい夕飯を子どもに作ってあげたいけれど、夜勤があるから出来ない「看護婦さん」を同列に並べてどうすんだよ!。「洞察力ゼロ!」だぞ(笑)

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 わたしの子どもは今では「米研ぎ(こめとぎ)」位はするが、それさえもわたしは、小学生の子ども達にさせたくなかった。こだわっていた。でもいろいろな経緯から子どもも米をとぐようになった。もう昔の話ではあるが、寒い冬に米を研ぐというのは、やったことのない「男親(お父さん)」には分からないだろうな。

 それを普通の家庭??では、お母さんが当たり前のようにやってきたが、あの冷たさを知っているか知らないかで「人の生き方が分かれる!」とさえ言いたい位だ。その冷たさは手がシビれる程で、それを感じるたびに「ああ、自分は生きているんだ!この冷たさ辛さを感じることが生きていることなんだ!」って思ったものだ。

 とりわけ自分の家で搗いた (ついた)米は、米ヌカ(こぬか)がたくさん付いているので、何度も何度も洗わないと洗い流せない。今のような「無洗米」なんて無かったし「米洗い棒」なんていう、なんとも「醜い形の棒」もなかった(^^;) おいしいごはんを家族に食べてもらいたいと思えば、中途半端で「糠くさいごはん」を焚くことは出来ないし、昭和初期以前では姑がそんな事は許さなかっただろう。

 ちなみにわたしは戦後生まれなので、お間違いなくお願いしたい(^^)

 一方幼い頃から、冷たい水で米を研ぐという私に言わせれば本来親の仕事である飯炊きを、いろんな理由で経験した子ども達は確かに「甘えがなく育つ」 に違いない。「佐賀のがばいばあちゃん」の世界だ・・・・・・。

 しかし、それでもなお、わたしは米研ぎを子どもにはさせたくなかったのだった。子どもって・・・甘えさせてやってもいいじゃん!っていう意味での甘い気持ちも確かにあった。

 なぜか?

 それは、飯というものは「親が子どもに食わせてやるものだ!」あるいは「親というのは子どもに飯を食わせる存在である!」という刷り込みを受けていたからだ。その時の親は、母親でも父親でもかまわない。飯(ごはん)という意味が料理一般に変わって、わたしはそんな意味で「子どもに食事を作らせるな!」と、声を大にして言いたいのである。

 わたしには「それくらいしか子ども達にしてやれることがないのかもしれない・・・」という、複雑な思いもある。

 そして更に思うのは、わたしの個人的な事情であるから汎用性はないかもしれないけれど「親が手作りの夕飯を作る家庭には子どもが帰ってくる」というものである。まあこれは「奥さんがおいしいごはんを作って待っていれば、夫は浮気もしないでそそくさと家に帰ってくる(^^;)!」というのと、チョット似ていないではない・・・(笑)

 そして最後の「子どもに飯(ごはん)を作らせるな!」という、私の根本的な「持論」の究極は、「ごはんを子ども達が自分で作る毎日が続いたり、冷たい料理を電子レンジでチンして毎日食べ続けた子どもたちは、必ずや同じ事を自分の子どもに『再教育』する・・・」という思いである。

 つまり子ども達は、

「自分が受けたしつけの形態を、彼らは次世代の教育において再生産する」

というテーゼである。

 凍るような冷たい水で手を真っ赤にしながらでも、わたしのようなバカな親が米を研いで子ども達に食わせたかったのは・・・あるいは、時間差で帰ってくる子どもに、そのたび温かい料理を作ろうと思う甘やかしのような手間をかけたいと思うのは、子ども達彼ら・彼女達が、こんど自分の子ども達を育てる時に「ウチのお母さんは(お父さんは)私が嫌だと言っても冷たい水で小・中学時代ずっと米研ぎをさせられた。冷たい冷蔵庫の料理を毎日チンして食べさせられてきたんよ」「だから、うちの子もそうして当然だよね!」という、「個体発生は系統発生を繰り返す」みたいな(あんまり関係ないか?・・・笑)連鎖を絶対に起こして欲しくないからだ。

 だって、親の刷り込みは、ないがしろにできないDNAみたいなものだから・・・・・・。

 私が長年の思いとして信じるのは「親が子にしたことは、その子どもは冷静沈着に、自らの子という次世代に着実に伝えるのだ・・・」という、一つの個人的思いというか、法則なのである・・・・・・・・・。  

※鉄火丼:お安いキハダマグロですが、おいしかったよ(^^)


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コンビニベーコンの、スパゲッティ・ナポリタンはいかが?

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 また「ナポリタン」の話である。

 でも「コンビニで買ったチンするスパゲッティ・ナポリタンの話」じゃない。


 我が家はこの数日、毎日が兵糧攻め状態である。しかも、仕事がここにきてハードなので、わたしは帰りにスーパーマーケットへ立ち寄る気力すらない。

 今日も、幸いにして残業にはならなかったが、仕事時間ギリギリまで全力疾走だった。

 「あーあ、夕飯どうしようかな・・・。買い物もダルいし・・・。でもそういえば『秘密の棚』に、スパゲッティが残っていたよな。ナポリタンにしよっかな!?」

 そう思ったわたしは「究極の手抜き」を実行した(笑)。

 それは「ペットボトルや缶ビールを普段買うコンビニでベーコンを買おう!」という無謀とも言える戦略だった。もっとも「戦略」でも「戦術」でもまったくなくってタダの手抜きだったのだが・・・(アハハ) もしかしたら売っているかもしれないという淡い期待を持ったわたしは恐る恐る店内のそんなコーナーの前で立ち止まった。

 そのコンビニで普段ほとんど見たことのない(通り過ぎていた)コーナーだったのであるが、生鮮食品の「カボチャ・トマト・ダイコン・卵・豆腐・油揚げ・ハム・ベーコン」などを売る場所が、本当にあったのだった・・・。

 あった!! 「ベーコン148円」 だった(^^)

 値段は定価だが、コンビニではなんでも売っているんぢゃないかって幻想をもつ程、ビックリした。

 コンドーム・パンツ・電動髭剃り・Q&Pゴールド・懐中電灯等々を売っているのは観察していたけれど、2~3日しかもたない生鮮食品を棚に置いているというのは、数は少ないが定期的に売れるということなのだと、思った。

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 台風9号の雨の中、家に帰ってホッと一息つく。 しばらくボーッとする(^^;)

 備蓄のタマネギ・ピーマン・にんじん・ニンニクなどを刻む。「コンビニベーコン」も大きく切る。オリーブオイル・トマトケチャップ・黒こしょう・粉チーズなどを用意する。冷蔵庫を見たら、畑で採れたトマトが何個も入っていたので、そのうちの真っ赤に熟れた2個を選んでザクザクと刻む。これを「ナポリタン」に合わせたら、残暑の時期にはサッパリとして、絶対にウマイだろうなって思った。

 疲れが、ちょっと遠のいていく気がした。

 料理を作るのはほとんどの主婦のみなさんや、兼業のお母さん達にとって、確かに大変な労働だと実感として思うけれど、わたしのように日常的に自分が作っていると、一方でそれは「喜び」であったり「張り合い」であったり「生き甲斐」であったりすることもあるのかなって・・・・・・思う。

 わたしにとって、それは一種の「義務」かもしれない。ただ、その裏側では、世間のお母さんの方々同様、そこにウキウキとする気分を日頃味わっている。

 (休日の料理はわたしには「息抜き」になる。おいしいと言ってもらえることをあまり期待はしない。・・・・・でも多少は期待するかも・・・・・・strong>「アドレナリン効果」でしょうか・・・ハハハ)

 ※ 画像:7時半に食べた普通のスパゲッティ・ナポリタン(^^) パルメザンチーズたっぷり。
   その後、さっき9時過ぎに帰宅したクソガキのために作ったナポリタンは、なんとこの「三倍量だった・・・・・・」

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 できあがったスパゲッティ・ナポリタンは、アルデンテのパスタ料理でも、もちろんお上品な「お食事」でもなんでもなくって、ただチョット酸っぱくて、ちょっぴり甘くて、生まれて初めてデパートで食べた「お子様ランチ」の味がしました。


 和製の「スパゲッティ・ナポリタン」は、お好きですか??
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2007/09/02

なぜ若い連中に優しくなく、まったく美しくもない日本のままなのか!!

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 仕事が一段落して、気分的にも「秋」になった。

 またこれから新しい仕事が始まるのだが、曲がりなりにもやることはやり終えたという、けだるい満足感がないわけではない。

 こうして人は、一歩一歩と重い足を引きずりながら歩き続けるのだろうか。


 「格差社会」という「文字通りの在り方」を、実際にわたしはおかしいとは思わないが、なぜ小泉さんや安倍ちゃんのその「物言いが間違っている」かというと・・・・・・、そこに、彼らの立場上の「不公平」あるいは「不公正」が、基本に根強く横たわっているからである。

 たとえば、あまり苦労もしないで権利と賃金・各種手当を守られている「能力に欠けた公務員」がいる一方で、「有能で能力のある多くの若い連中」が、自分の能力を発揮する場所を見つけられずに「フリーター」や「ニート」「ネット難民」になっている現状は、どう考えてもおかしい。

 有能で、しかもやる気のある若い連中はわたしの回りにも一杯いる。

 それを公務員である自らの安定した立場いる、第1種でも2種でもいいが、彼らが勝手に「ニート」とか「難民」なんてレッテルを貼って、自らが安全な立場から彼らを区別=言葉を換えれば差別?したり、「断罪」するような「国政」が、根本的に間違っていると思う。「ネット難民」なんて、誰が作り出した言葉か知らないが、官僚かマスコミでしょうか?

 バカにすんなって・・・。

 この日本という国でも、次世代を次ぐ「若い連中が生き生きと生きていけない現在」というのは、どうしたことか? そんな国に未来なんてあり得ない。

 安倍ちゃんが「美しい日本」などと言いながら、この日本の将来を担う若い連中をどれほど大切にしてきたか? それは小泉さんの時から変わらない、切り捨て施策でしかないと、わたしは以前から思っている。 「変革を止めてはいけない!」と言いながら、この国を背負って立つ連中をどれほど大事にしてきたのか!? 変革と一緒に、たらいの赤ん坊と同じように、この国を担う連中を押し流してしまってどうするのだ・・・・・・。

 「ニート対策」なんて言葉自体が、彼ら彼女たちのことを思えば、本来は使えようもないはずだと思うのだが! それは彼ら達自らの問題と言うより「国政の失敗」ではないのだろうか・・・?

 だが、問題の本質は安倍ちゃんではなくて、実は「官僚機構」にあるのだろう・・・。

 同じ省庁に入ったら「身内」になる。官僚機構というのはそうした「舐め合い(愛)」の構造である。そこには「身内かそうでないか」という「情」の感情で動いている。

 どんな組織でもそうである。「理屈ではなく情」なのだ・・・。

 人が愚かだ!というのは、そういうことだ。

 この国の天下国家のことを考え、若い連中を生かすような、官僚や国会議員はいないのか! みんな自分や
家族や身内のことばっかり考えやがって!!!

 消費税増税より「若い連中が希望を持てる展望を提示できる施策を打てる政治家」はいないのか! 繰り返すが、子ども達やこれから近い将来日本を担って立つ「若い連中」のことをどうして誰も、本気で考えないのだろうか・・・・・・?

 3人目の農林大臣の名前も知らないが、そんな彼の不祥事なんて・・・もううんざりにも程がある! 辞めたらいいじゃん! 何を空回りばっかりやっているんだろう。あと10年立ったら、10才の小学生は成人するんだよ(^^;) 今、20才のコンビニで働いている彼や彼女は、30才になるんだよ!

 この国の連中は、いったい何をやっているんだろう・・・。


※ハチ(名前不明)と「ハツユキソウ」。北アメリカ原産の園芸種です。

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